まきまきねじのダイアリー

趣味とご飯とゲーム、日常などの日記です。

思うこと:スマホという武器

 

人のコメント欄や、SNSの書き込みを見ていると

酷いことを書く人が居るのをよく見かける

 

画面の前にいるのは人間なのに

 

画面を通すと、相手のことがコンテンツのように思えるのか

 

何でも言っていい機械のように感じるのか

 

ストレス解消のために消費していい道具のように思えるのか

 

何かしら活動している人相手だと、

こっちは楽しませてもらう側!とか

こっちはお客さんなんだから!とか思って

尚更何でも意見していいように感じるのだろうか

 

直接返事欄などに書けば勿論その人に届くし、

陰で書いていても、発信したら案外その人に届いてしまう

作品に対して書いた言葉でも、人が作ったものの先には必ず人がいて

人には心がある

 

スマホは武器になるということを忘れてはいけない

 

酷い言葉を使えば、フリックした指先だけで人をあやめてしまうかもしれない

 

そんなの大げさでしょ〜と思う人もいるかもしれないが、大げさではない

 

命を失うところまでは行かなくても、

心についた傷は簡単には消えない

された側はなかなか忘れられない

何年もトラウマを抱えることもある

その人の家族や友人にまで悲しみを与えることもある

沢山の人を不幸にする

 

考え方が違う相手と仲良くはしなくていい

でも、思いやりはあってもいいんじゃないか

 

わざわざ伝えなくていいこともあるし

何か言うにしても、言い方ってものもある

 

思い通りにならないことばかりだからこそ、

人が人に優しい世の中になったらいいのにと

いつも思う

 

ただ、自分がその人から直接攻撃されて実害を被ったなら

やり返すなり、意見するなり、証拠を集めて法的手段を取るなりしていいと思うけれど

ちょっと気に食わない、たまたま見ていて考え方が合わなかった、他の人が攻撃してるから自分もやろうとか

ストレスが溜まってるから当たろうとか

いじめると面白いから悪口書くとか

人を傷つけることを面白半分に伝えるとか

それで人生が良い方向に変わることはない

 

私も、色々とうまくいかないことはあるけれど

他人を蔑んだり

コソコソと書き込みをしても

何も自分のためにならないことを知ってる

1秒たりとも自分のためにならない

 

 

 

それでも、私はそうでも

今一瞬の快楽のためだけに

他人の不幸を願う人がいることも、知ってる

 

過去にそういう人と出会って

悲しくてたまらなかった

だけど分かってもらうのは難しい

 

つまらないから泣かせる

面白いから蹴落とす

そういう人はいる

 

でも、いつかその人達も

何か知るかもしれない

人生には何が起こるか分からないから、

今は誰の言葉も聞く気がなくとも

価値観が変わることだってあるだろう

 

 

自分はせめて、どんなに生きづらくとも

生きている限りは思いやりを持ちたいと思う

心折れそうなこともあるけど

 

スマホは、言葉は

人をあやめる武器になることを

忘れてはならない

 

文字を「打つ」は

時に、文字を「撃つ」ことにもなる

 

相手の命を貫くことがあることを

忘れてはならない

 

 

 

 

まきまきねじ